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――最も、それを思い出したのは後日なってからだけども。
『今まで上手く言ってたんだから、今年もきっと上手く行くよ。
何となくだけど…僕よりも君の方が、こう言う気持ちを伝えるの得意そうだし…ね。』
『それじゃ、僕はそろそろ行くね。 ――有意義な時間を、ありがとう。』
「(…名前、聞きそびれちまったな)」
少しばかり茜色に染まった空を見上げて、少年はぽつりと呟いた。
知らない間に、存外と時間は進んでいたらしい。――光陰矢の如し、時は金なり。
表現する言葉は数多あるのだが、結局はこの二つに落ち着いた所で、微かな吐息に溶けて街中に消えていく。
あれから幾つかの候補を教えて貰い、そのまま青年と別れた。
大分休憩したのと、軽い糖分の補給とで体と頭はスッキリしてはいたのだが、それでも考え事は続いた。
結果、その手に握られているのはちょっと高そうな包装で包まれた白いケースの入った紙袋。
中身からも甘い香りが少年の鼻を絶えずくすぐっていた。
「で、結局、考えに考えた末が、ケーキ屋さんでちょっとリッチな物を買うに至るかぁ…。」
店のドアの先で人知れず零れたのは苦笑にも似た表情。
袋の中をちらりと見れば、そこには巷で最近流行っていると言うシフォンケーキ。
そして、ホワイトデーも間近と言う事でサービスらしく貰ったマシュマロと造花が一輪。
近年中々物が売れない、なんて言われてはいる世の中とは言え、ここまでサービスされたと言うのは珍しいのか。
それとも、実はここまでされるのが常なのか。 いずれにせよ、そこまでは判らない。
「ま、まーこれだけ色々と付けて貰ったんなら少しは様になってんだろ。…ただまぁ、さすがに――。」
――『必死になって用意した手作り』には、多分適わない。
「…ふぅ」
そんな、独白めいた呟きが町の雑踏へと溶けた。
町は今日も穏やかで、賑やかだ。 思い思いの休日を過ごす人たちが右に左と流れていく。
何ともなしにそんな光景を、ぼんやりと眺めていた時だった。
それが、こちらへと舞い降りたのは。
「――スキありッ!!!!!」
高らかに響いた声に、少年も含めた周りの人間の何人かがこちらを振り向く。
何事だろうかと言う詮索をしようと動いた体が後ろを向くのはある種必然であり、意識が一瞬だけ反れたのは仕方の無かった事なのだろう。
刹那、振り向いた彼の背中…もとい、首根っこに直撃する何か。
ぱかーん、と言うやたらと小気味の良い音が響いたその瞬間、前のめりになって近くの壁と地面が接吻を交わす。
埃の味がした。 正直最悪だったのは想像に難しくない。
「わーい! ナイスなんだよあたし! ここまで見事に命中するとほんと気持ちいいよネ!」
くるりくるり。いかにも快活かつ能天気な口調が遠く、少年の耳で響く。
色々と言いたい事は叫ぶほどにあるのだが、まずは主に頭に走った鈍い痛みに耐えなければならなかった。
ようやく痛みが引いた頃に、ややあって振り向いてみればそこには一人の少女が居る。
自分と同じ青春高校生の証である、ブレザーの女子制服。 それに身を包んだ黒のショートボブの少女が何ともしてやったりな笑顔で少年を見ていた。
傍に転がっている、プラスチック製の小さな槍状の道具――ジャべリックスローに使われる競技用具を拾い上げる。
……こ、の、野、郎 。 ふつふつと、突如として舞い降りた理不尽に対する怒りがこみ上げてきた。
「だあああああ!!てめっ…またお前かこの野郎!? つーかこんな大通りにまでちょっかい出すか普通!?」
「ふふん、気付かなかったそっちが悪いんだよ。 この世はじゃくにくきょーしょく。じょーざいせんじょーなんだから」
そんな戯言にも聞こえる言葉を、これでもかと言う位に輝くイイ笑顔で少女はのたまう。
言いたい事及び突っ込みたい事は沢山あるのだが、何とか少年はそれらを押し込めつつ…も、最後まで少女を見つめる目はジトりとしていた。
「…で、今日は何の用だよ…来栖――。」
はぁ。 何処かため息にも似た物を含ませながら、ようやく彼女――来栖真那に向けて要件を尋ねるまでに姿勢が直る。
「あははー別に用ってわけじゃ…あれ…けど何であたしここまで来たんだっけ? …あー、そうだったそうだった。
実はさー先輩。 ちょーっと、折り入って頼みたい事があるんだけど、いいかなー?」
「? 折り入って頼みたい事…何だよ?」
その一言を聞いた途端、何故か嫌な予感がした。
目の前に居るこのトラブルメーカーを体現した後輩と関わると、毎回碌な事が無いのは学校で既に体験済みだ。
そういう意味では、少年自身も人の事は全く言えないのだが今回は受け身に回っているが故、感付く物があった。
だから、思えばこの時良い言い訳を考えようとしないでさっさと踵を返してダッシュしてしまえば良かったのかもしれない。
「えーっとさー。 端的に言うとー。」
そしてそれは、まるで逃げて居た獲物を見つけた狩人のように現われる。
「ちょっーと、助けてほしいなーって。」
「…はい?」
満面の笑顔で彼女――来栖真那が言葉をつづった刹那、6人ばかりの人影が人込みを掻き分けるように怒鳴りこんでくる。
こちらを囲んで睨んでいた。全員が全員、目つきの鋭い屈強なあんちゃんである。
「あー…Wait。待った。 一体どうしてこーなる? つーか、こーなった?」
「それは聞くも涙、語るも涙な理由なんだよ…。」
「そーかそーか。 その割には偉く殺伐とした場面だなぁはははは」
最後の言葉だけが、申し訳程度の抗議文になるも既に時は遅しだった。
大方理由は判ってる。――今目の前…否、今しがた少年の後ろに回った彼女がちょっかいを出したのだろうと、少年は断定した。
そうこうしている間にも、色鮮やかな刺青男達がまるで獲物をゆっくりと追いつめるようにこちらへと迫る。
一応はこれでも少年も抗争を駆け抜けてきた青春生だ。 だが、数の不利にはどうしても厳しい物がある。
それに何よりも暴れたら暴れたで、周りにも被害や迷惑が及ぶのは誰が見ても判る事だった。 故に――くるり、後ろへまわれ右。
「つーわけで逃げるぞ。」
「え、えええ!? 追い払ってくれるんじゃないのっ!?」
「はははははいくら何でも数の不利があるわっ!?」
せめて二人位までなら、と心の中でごちる。 人通りの多い場所、多対一。 明らかに状況が悪すぎた故の判断。
そもそも己の戦い方は制限の多い場所や多人数での喧嘩に向いてない。 それだったら、適当に逃げてしまった方が楽。
もっと言うなら、周りへ被害が掛かるのはもっと御免だった。 一目散に逃げてしまえば巻けるだろうと踏んで、不良達の合間を縫うように走りだす。
しかし、不良達も黙ってはいない。その内の一人がこちらを阻もうと、握りこぶしを振りかぶって殴りかかってくる。
ここまでは問題は無い。 今回は逃げを選択したとはいえ荒事は元々得意分野だ。――拳の一つで怯む程、こちらだって軟では無い。
そう、何時も通りなら。 何時も通りならここまでで問題は無かった。 拳を回避し、出来た隙間から飛び出さんとした時である。
何か…端的に言えば、右手のビニールが引っかかっってブチリと避ける音がしたのは、何だろう。
「…あ”。」
この時、一部始終を最後まで良く確認出来て居たのは隣の少女。
彼女の視線の先には、綺麗に放物線を描き、そして―――。
――べぢゃっ。
物の見事に、地面へと叩きつけられてシフォンケーキその他諸々は、その短い生涯の幕を閉じた。
「…。」
「……。」
「………。」
ゆらり。 駆け出そうとしていた少年の体が、ゆっくりと方向を転換する。
それは何処か幽鬼のように、ゆっくり、ゆっくりと、目の前に居る不良達へと視線を向けて行く。
何故だろうか。 目元のハイライトが、黒い影に遮られて良く見えない。
この場に居る全員が、何故か。 何故か少年の目元を確認する事が出来なかった。
「あ、あの…せんぱーい…?」
おそるおそる、真那が声を掛ける。――その声に呼応するかの様に、少年の表が上がる。
「……………俺の………。」
微かに嗚咽にも似た震えを携えて、力の限り少年は叫んだ。
「俺のなけなしの三千六百八十円を返しやがれコラアアアアアア!!!!!!」
その叫びが木霊した刹那、表通りの一角でオーラの光が炸裂したと言う――。