考え付かないから無題

――それはおそらく、春の訪れが目前たった時のお話。

外界の流れに元々敏感な己の体は、季節の変わり目が来たのをしっかりと予測していた。
２～３か月程前は風が吹き抜ける度に体を縮ませてはその寒さに耐えて居たけれど。
当分はそんな憂鬱に苛まれる事は無いんだろうとは思う。――何せ目前に３月は迫っているのだから。

「……へっきし！！」

それでもふとした拍子に冬の残り香が鼻を擽る事自体、終わっては居ない様で。
――すん、と一息振り払えば再び少年は街中を歩き始める。
休日に一人、ショッピング街をゆっくり歩くのは久しぶりかもしれないと片隅で考えながらの散策。
常に何かと騒がしくも賑やかで、かつ楽しい事を好む自分ではあったが、たまにはこんなゆったりとした中で過ごすのも良いかと思った。
…とは言う物の。

「現状、困ったっつーかどーしたもんかと言うか進展してねぇ辺り駄目なんじゃね俺。」

何処か真顔で自問自答してみるも、それで答えが出てくるわけでもない。
こうして慣れない場所に立ち寄ると言うのも、それはそれで何か面白い物が見つかるんじゃないかと思えば、退屈はしないのだが。いかんせん目的を忘れては行けない。
生活雑貨やブティック、果てはファンシーショップ等が立ち並ぶ駅前エリアをそれとなく真顔でじーっと見つめながら歩く。
……何名か、通行人がこちらを怪訝そうに見て居た気もしたのだが割合何時もの事として気にしない事にした。

それにしても、である。
自分で言うのも変な話だったがまさか、ここまで悩む事になるとは少年自身も思ってなかっただろう。
――何せ、例年までは普通に過ごせてきた日でもあるのだ。
どんな人からの物に対してでも準備は万端だったし、少なくとも感謝の気持ちはちゃんと示せてきたと思う。
…だから、今年だって何時もの通りすんなりと結論が出るのかと思っていた。　だけども――。

「（いっそ、誰かに相談でもしてみっか…？）」

そこで真っ先にある一名が浮かんだのだが、頼もしい反面酷くリスキーな選択であると判るのに数秒も要らなかった。
否、気心の知れている仲であり、こう言う相談を持ちかければ喜んで乗ってくれるだろう。
流行にも敏感だろうしまさに、こう言ったイベントに関して彼女程、切り札級に頼もしい存在である事は間違いないのだ。　
――……とても含みのありそうなイイ笑顔を向けて来るだろう事を除けば。　
何故か、その笑みを浮かべられると色々拙い気がしたのは気のせいじゃないと思う。　大切な、『親友』である事は間違いない。
しかし同時に油断の出来ない『悪友』でもある。　――積もる所、小さい意地と冷やかしに対する恐れが勝ってしまった故の結論である。
何かここまで言うと名誉棄損にすら思えてきた。　今度何か奢ろう。　心の隅でそう少年は小さな誓いを立てつつ、路地の角を曲がった時だっただろうか。

どん、と言う軽い衝撃が自分の右肩辺りに走った。

「…っ、った…！」
「へ、あ…悪ぃ！　大丈夫か…！？」

一瞬の事に気を取られ、慌てて音のした方へと駆け寄った所で自分が「誰かとぶつかった」と言う事に気づいた。
どさどさ、と言う何やら乾いた物が落ちる音はおそらく相手が持っていた荷物だろう。
慌ててそれらを手で掻き集めるように拾い上げる。手にして居たのは数本の、色鮮やかな花の数々だった、
どれが何の花、と言うのは判らない。ただ何処かまだ冷たさを感じるそれは野生で咲いていた物ではないと言う事だけは判る。
案の定、見上げてみればそこは一軒の花屋の前だった。

「すんません…ちょっとぼーっとしてて。　怪我は無いっすか？」
「…ん…大丈夫。　僕の方こそ、ごめんね？　もう少し早く気付いていれば良かったんだけど…あ、ありがとう」

少年から差し出された手を取り、その人物は立ち上がる。
それと同時に彼の後ろで腰を折っていた漆黒が流れるように堕ちる。
――随分と手入れのされた髪を持っていると、少年はそこで初めて彼を真っ直ぐに見詰めた。
声の質から見て、どうやら女性と言うわけでは無さそうだが。……そう考えて居ると、さすがに青年の方も少年の様子に気づいたのか首を傾げる。
不意に、自分が彼をまじまじと見つめていた事に気づけば思わず頭を振った自分を見て、怪訝そうな顔をしているかと思っていたが違ったらしい。
その顔には何処か可笑しそう、と言う風ではあったが穏やかな笑みが現われて居た。